俺らは、なんのために戦うのか。 / 2018 UMB大阪 後記
久々に長いものを。
前の UMB も後記を書いたので、今回も。
(2 年前の記事は下記。)
前置き
2年前のUMBのあと、俺はあの河合の高台にある DFBR のブースにこもり、dioさんと二人でずっと曲を作ってた。
そして、1stアルバムの主要曲が、かたまりだしてからは、ライブばかりだった。
今年の春に1stのアルバムを出してからは、さらにそれが加速した。
伝えたいことは、出来る限りライブ中に伝えようと決めて、
ライブの精度をあげるために、汗かく日々を過ごしてた。
そして、それは今も続いてる。
俺は、俺を必要としてくれる人と目を合わせて、話したいと日々強く思ってる。
例えば、Twitterなんかも、ほぼ告知だけになっていった。
あと、このブームに思うこともあり、バトルとは距離おいていた。
バトルから離れると、さも死んだ、終わったように扱われるけど、
俺のリスナー、大阪のお客さん、大阪の若いプレイヤーは俺が今どれだけ MC として生きてるか知ってくれてると思う。
「バカにした奴を見返すため ラッパーは何度も生き返るんだぜ」ってわけ。
サイファー、バトルが出自と理解して、それを取り除いて、
俺は、また地道に積んでいこうと思ってる。
有名になる、バトル勝つ、メディアに出る、みんなに尊敬される。
それは、すごく甘美なんだけど、でも、バトルに勝ったから、
メディアに出たから、良いラップが出来るようになるのかと言われると違うわけで。
分かってるくせに、時たま間違えそうになる。
そんな自分が浅ましくて、悔しい。
例えば優勝する前の俺と、したあとの俺のラップは何も変わってない。
つまるとこ、良いラップをして、良いバースを書いて、良い曲を作って、良いライブがしたい。
そう思うと、バトルは自分の音楽活動の中に不必要だな、と。
そりゃ、バトルも出て欲しいと、ブッキングがあれば、それは喜んで応える。(正社員さんが声をかけてくれた、戦極18章もそうだし)
ちゃんと KZ を、必要としてくれる人には、持てる力を使い応えたい。
ただ、良くも悪くも俺はバトルより、ライブの需要が多い。
ありがとう、周りのオーガナイザー達。
臆せず言うけど、決して俺は、バトルが強い MC ではないし、
さらに、今さらバトルが強い MC になりたいわけじゃない。
8小節2本で、自分が何を考えているか、
どんな人間なのか分かってもらうのは、俺には難しすぎる。
そして、8小節2本で俺を判断してくる人のために、俺は自分や、自分の音楽を使いたくない。
1 MC 1 DJ で、誰も傷つけず、傷つかず、目の前のフロアが幸福に包まれる。
8小節2本のバトルより、16小節3バースの曲。
そして、俺のライムが誰かの生きる糧になる、自分にとっての音楽がそうだったように。
そんなラップがしたい。もう、30歳もすぎたんだから。
なんどでも言う、
良いラップをして、良いバースを書いて、良い曲を作って、良いライブがしたい。
ほんと、それにつきる。
「良い」って何かを語ると、多くが必要になるので、それは俺のライブやアルバム見て聞いて、感じて欲しい。
「生活」を人質に、「仕事」を言い訳に、「金」をぶら下げられて、ダサいことをするなら、こっちから願い下げ。惑わず間違わずに。
当日
ここいら、ふぁんくのバック DJ をすることが、よくある。
人のライブを後ろから見てると、勉強になるし、
何せよ、俺は梅田の MC たちのビッグファンなので、近くで観れるのが単純に嬉しい。
去年はテークを神戸に見に行った。
今年は、ふぁんくが大阪予選でライブをするとのことだったので、ノコノコとバック DJ をしにいった。
前置きの通り、今は UMB すら関係なく、自らエントリーして、なにかのバトルに出る気はなかった。
それでも、リハ前にトーナメント表を見ながら、あの大阪予選なのに、枠が 10 弱も空いてて寂しい気持ちになった。
2 年前にも書いたが、やっぱり、 UMB は年に一度のお祭りで、
大阪の様々なラッパーが集まって、よしわるしをぶつけ合い、話し合い、大阪の顔を決める。
そんな大会だと俺は思ってる。
だからって、前にも書いたけど、別に Libra 派ではない。
むしろ、今もその派閥争いみたいなのがあるのかも、知らないぐらいに、そこから離れている。
根本、そういうシガラミは大嫌いだ。犬のクソよりも価値がない。
それでも、 UMB 大阪予選って場所がくれたものは多くあった。
だから、空いた枠を見ながら、「枠があって、当日エントリーする MC がいなくなったら出よう」と腹を決めた。
それぐらいは、俺にも出来るし、しなきゃいけないと思った、勝ちあがっていく若手に花添えてやろうと。
あの 2 年前とは逆にふぁんくが、「出ましょうや」って言ってくれたし、
若い MC に話したい、見せたい、またバトルだけが好きなリスナーに伝えたいことはたくさんあったから。
本音でいうと、戦極大阪の時のように、ライブで伝えれると一番いいんだけど、
ブッキングを得れないのは、自分の力不足だもんで。これを機に、来年は大阪予選でライブしたいな。
ジントニックを片手に、楽屋で 2 年ぶりの MCバトルを楽しみながら、枠が空くかを、みていた。
6 枠目か 7 枠目で出る人が途絶えて、念のために 1 枠待ってから、
ほかの飛び入り参加がいないことを確認して、楽屋から舞台に立った。
久々に、コンパスの板の上へ
飛び入りで舞台に上がると客さんの歓声があがり、素直に嬉しかった。
今も大阪のお客さんは、底抜けに優しいな。もうそこにいないのに、俺を知っててくれた人、ありがとう。
その瞬間、ここは嘘ついちゃいけない、勝ちに絆されたらいけないと強く思った。
確か、先行の 1 小節目に「バトルなんかどうでもいい 勝ちに来てない」と言った。
嘘だ、と言われそうだけど、本心だった。
久々のバトルは、それはライブと違う、嫌な緊張だった。
楽屋に戻り、しかしほんとにバトルが苦手で弱いなーと苦笑いした。
1 回戦、 2 回戦は初めて会う MC だったけど、 3 回戦の K-spit からは知ってる MC 達だった。
今回の大会、そして最近の大阪を語る上で枚方サイファーは外せない。
俺も、月曜のあの公園にサイファーしにいくし、
あの輪っかはラップ好きな気持ちの良い奴ばかりで、枚方サイファーは最高な輪っかの一つだと思ってる。
嫌がられるかもだけど、昔の梅田っぽくて居心地がいい。
けんしろーくんに、俺はこう思うってのを、しっかり話せたと思う。
枚方勢の多くには、8小節2本より、 30 分のライブが似合う MC になってほしい。
無駄な老婆心だって、怒られそうだけど。
その後、ふぁんくのバック DJ だった。
キレキレのラップと抜群のユーモアで、後ろから楽しませてもらった。
ほぐしラップから始まり、ライザップビガップで終わる 20 分だった。
何度聞いても、ふぁんくの次のアルバムからの曲たちは、
どれも「相変わらずラップうまぁ。。。」ってなる。
2018も、ふぁんくはラップが抜群に上手くて、そして群を抜いておもろい。
梅田は最高だ。
ここからが大阪予選の山
そして、 4 回戦はじょうだった。
じょうと楽屋で話してたけど、バトルするのは、実は初めて。
オーバーザトップであるかな?と思ったけど。
じょうが、あえてヒールに向かうことに、共感する部分が昔からあって。
あと、これはバトルで言ったことやけど、いつぞやの華金で
「じょうくんが俺のライブを一生懸命見てたよ」って女から聞いて、
単純で、恥ずかしいんだけど、俺は前よりじょうを好きになってた。
それと、少し前に難波パークスを通ったらでサイファーを見つけて、
その横を通り過ぎる時に嬉々として、じょうがラップしてた。
「あぁ、こいつもやっぱ、ラップ、サイファー好きやねんなー」と思った。
そんな相手を、無理に削る勝ち方はしたくなかった。
試合後にじょうが舞台で少し話したみたいで、俺はそれを聞けてなかった。
ただ、後日の又聞きだったが、それは清々しい表情で気持ちいいコメントを残して舞台を降りたと、
知り合いの女の子が言ってた。
じょうから見ても、たぶん、いい試合だったんだろうなと、胸をなでおろした。
うん、今書きながら、思い返してもこの日、じょうとやれて、ほんま良かった。
ありがとう、じょう。
準決勝はパンチライン星生まれのテリオ。
ベスト4の時点で、残っていたのが梅田サイファーの2人にJR大阪サイファーの2人。
またはアマチュア、それか華金の4人。呼び名は何にせよ、全員が身内で嬉しく、誇らしかった。
そしてトーナメントが、ふぁんくはジークレと、俺はテリオとで、
「やっぱ UMB はドラマがあるなー」と1人で、楽屋で二杯目のジントニック飲みながら、ふけっていた。
ふぁんくとジークレの試合は、手に汗握りながらヘッズとして、かじりついて見させてもらった。
そして、ふぁんくが勝った瞬間は、普通に喜んだ。
この日も、ふぁんくは「ここにあり」ってほど、血気盛んな若手をなぎ払ってた。
次に、俺の名を呼ばれ、楽屋の階段を踏みながら、
ふぁんくと決勝でラップできたら、ええなーと、なんとなく考えてた。
その日も、テリオは爆発力が凄まじかった。
2 年前からさらに進化してた。
今や、お客さんもミステリオって言う MC を理解しきって、
次に何言うか、何をするかを待ち望んでる。
1 回戦から、俺もリスナーとして、その爆発力を楽しませてもらった。
テリオとは、2年前のエンターでも当たって、その時も似た話しをした記憶がある。
テリオのラップが、ライブが、良くなっていくのを近くで見てて、
そんなテリオへ、2年越しに伝えたいことがたくさんあった。
ウケればいいバトルに慣れることは怖いと思う。
どこまで伝わったかは、またテリオと一緒になれば分かるはず。
それにしても、8小節4本でも全部伝えるのは難しいなーと思った。
テリオ、次のアマチュアの時にでも、 noon の外のベンチでまた話そうぜ。
少しだけ、脱線して。
あの日にジークレが触れてたことで、いろんな MC からも「レベルが低い試合が多い」って聞いてた。
もう、正直、バトルの動画はほとんど見ないし、現場にもいなかったので、ピンとこない部分もあったけど、1回戦なんかは「なるほどな」と思う瞬間もあった。
俺たちの名誉のために言っておくけど、ベスト8ぐらいからは、さすが大阪やんけ、と惚れ惚れする出来のラップが多かった。
例えば、司会の DO BOY さんも、俺のバトル終わりに「 KZ くんのマイクの持ち方を見てください」って言ってたけど、そのレベルの MC もやっぱり多かった。
でも、俺も昔はそうだった。
サイファーばっかで、韻踏めば勝てると思ってた。
そりゃ、何年も盲目だった。
決勝のバトルでも触れたけど、 R やふぁんくの呪縛はあって、
さらにもっと言うと、ドイケンや古武道さんのもかな。
なかなか、カッコ悪いこと書いてるなーと思うけど、嘘つくのは嫌だから、正直に。
あれだけ、上手い MC がいると、素直に憧れちゃう、それも毎週、毎週見てると余計に。
同じアティチュードで、同じルートで勝負しないと、いけないと勝手に解釈してた。
Nas がフローを手に入れるのに 10 年って言ってたけど、ほんとにそれ。
やっと、最近、自分がどんなラッパーでラップをすべきなのか分かりだした。
これは、優勝報告を dio さんにした時に、話したことやけど、俺は今回のソロアルバムを作ったことで、ほんとに救われた。
多くの歌詞を書いて、やっと自分がどこから来て、どこに行く MC なのかが見えてきた。
そういうアティチュードの部分もだし、あとはブースに向かうことで、ラップの基礎体力が、さらに養われた。
自分はえらく、遠回りしたけど、それも含めてやっぱ、ラップ、ひいては音楽を、いいなと強く思う。
良いラップするのにバトルには勝てない MC たちに、バトルの結果だけでマイクを置いて欲しくない。
負け続ける夜こそ、ペンを走らせようぜ、と思う。
プレイヤーとしても、リスナーとしても、出来るだけ、たくさんの良いラップを聞きたいから。
さて、決勝へ
バカみたいな感想やけど、楽しかった、その一言につきる。
なんだかんだ10年間以上、一緒に梅田でサイファーしてる、それも一番古い仲間と UMB 大阪の決勝で当たる。
文字すると改めて、それは幸せで素敵なことやなーと思った。
なので、バトルで言った通り、大阪は俺が獲ったから、ふぁんくにリベンジ枠を獲ってもらって、本戦でも遊びたいな。
あと、Rはともかく、今回はpekoやんも、HAMAYAもいなかったのは少しだけ寂しかった。
古武道さんもドイケンもテークもたまこぅも。2年前に書いた通り、運良く俺が優勝したのに。
クローズを、みんなで遊べなかった。
それにしても、勝ちたいと心底、願った時には、あんなに遠かったのに。
ほんとに数奇で面白い。
でも、俺は、飽くことなくレペゼン梅田で、この大阪のシーンと、そこから見える多くの日本語ラップを愛してる。
年末にブームの震源地のあそこに出向き、俺と俺らと、さらには大阪のシーンをラップし、
知ってもらって、それが俺らの夜に、俺らの音楽につながり、結果として多くの笑顔が増えるなら、やらなきゃなとも思う。
でも、浅いとこでのスキル比べも、知らない人を削って勝つのも、もうしたくない。
幸い時間はある。あそこで何を話したいのか、多くのプロジェクトの制作の合間にゆっくり考えるよ。
後書き
優勝したあとですら、素直に言う。
俺よりバトルが強い MC は大阪に腐るほどいる。
ドイケンと昨日スタジオに入りながら話したけど、 TERU とかほんまに、うまいもんな。
俺は、バトルというフォーマットや、もうこのシーンは自分の主戦場じゃないと知ってる。
それに、「プロップスを得るため」「CDを売るため」と割り切れるほど、自分の中でラップがビジネスになってないし、いい歳こいて大人になれてない。
ネタを仕込んで、嘘ついて、耳障りいいライムで小節を捻じ曲げてまで、もう勝たなくてもいい。
そんなところ。
俺は書かなきゃ、駄目な人間だって、自分でもわかってるから、
この熱が、冷めてしまって歪な形になる前に、ここに記しておこうと思い、ここまでペンを走らせた。
最後にこれも触れておかないといけないと思う。
「サイファーの始祖」なんて、よく分からん語られ方。やっぱ、すごく腹立たしい。
サイファーなんて、俺より遥か前に生まれた文化やし、再三言うけど梅田サイファー自体も俺が作った訳ではない。
もっと言えば、渋谷(ダメレコの方)や名港の方が、先輩やし。
それに、サイファーと一概にいえども、「サイファー」の前に地名が来て、その地名ごとのアティテュードや特色があって、、、
と、俺は、サイファーについて話すと、止まらなくなるぐらい、サイファーが好きなんで、余計に腹が立つ。
小さなことだけど、そういうリスペクトが足りない扱い方をされる瞬間がバトルシーンには多い。
他の MC は腹立たないのかなと思う。
俺たちを使って、金儲けしてるんだから、俺たちに傷つけんなよな。
ほんまに、「雑巾ちゃうぞ、人間は」ってなる。
小さいことやって、分かってるし、口にすると疎まれるんやろうけど。誰かは言わないと。
俺は、俺って言う人間を分かってもらうために、ラップをしてて、
マスコットやサービス業でもなく、腐っても MC 、アーティストだから。
(ちなみにこの件のあと、正社員さんは、わざわざ俺に電話してきて「KZ、怒るから怖い」といいながら、 18 章のコピーの了承をとってきてくれて、その丁寧さに笑った。でも異名は、ばっちりダサかった。自分で考えるのも違う気がしたから、 OK しておいたけど。)
あと、ずっと前から思ってるけど、早くバトルの関係者には気づいてほしい。
MC を消費してバトルというコンテンツを作っても何にもならないことを。
何人が登っては、梯子を外されて、キャリアを断絶され消えていったか。
その裏で希釈されたバトルイベントが、ガンガン増え続けていってる。
そこには、正しいメディアやガイドラインもなく、お客さんも若い MC も道に迷ってる印象を感じる。
あんなに劇的な祭りだった、 UMB ですら、もう荒んでる気がした。枠に空きがあったり、お客さんが少なかったり。
かと言って、地方の小箱のイベントも、相変わらずスカスカか、いても若い MC がお客さんになってる。
ただ、東京の大きなバトルだと高額な数千枚のチケットが完売になる、そして後日その動画は数十万回る、
じゃあ、そこにいる人たちがさらに、奥に進むためにはどうすればいいか。
それを、バトルで美味しい思いした、またはしてる人たちが考えるフェイズに来てる気がする。
その裏で、俺は何をするか。
いくら優勝できたからといって、幾分前から、もうそこにいないし、自らは戻らない。
俺は、俺と信頼できる仲間で良いと思うものを作り、空いた時間に土曜の歩道橋でサイファーをして遊び、
Stomp で華金を、 noon でアマチュアという、いかしたパーティーをひらく。
ただただ、それを続ける。
声を大にして言う。
なんで、音楽して「不幸せ」にならなあかんねん。
俺が、この勝利に絆されて、間違わないように。
俺の好きな MC 達が、俺と似た分岐点で迷わないように。長々と書いた。
読んでくれて、多謝。
最後に、大阪、今年は俺を選んでくれて、ありがとう。
賛も否も受け入れて、なすべきことを。
もしラップがしたいなら、土曜の歩道橋に。
気に入れば、俺らの音楽を手に取りプレイリストに突っ込んでくれ。
これからも、たくさんの曲を作り、たくさんの夜を祝福し、幸せな音楽に包まれ、俺は進んでく。
最後に、やっぱり、「嗚呼、人生は綺麗」だよ。
ぴーす