Of Mice and Men

梅田サイファーのKZです。音楽とそれを取り巻く諸々について。

決意 -前編- Written by KBD

1章 クソッタレ梅田

「今の梅田サイファー 、ダメや思うんですよ」
思い返せば、新しいアルバム「Never Get Old」の製作は、KZのこんな一言から始まったように思う。

5月の初め、GWの中盤戦。
「俺たち」は中之島の公園にいた。
酒盛り、サイファー、下ネタ、お決まりのギャグ、近況報告に音楽論のぶつけ合い。
いつものノリにいつものメンツ。
古くからの梅田サイファーに参加していたMC、またその知友。
同じイベントで一緒になる若手たちや、またその知友。
10年前に梅田サイファーが始まってから、随分と自分たちを取り巻く状況は変わったと思う。

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大阪のシーンの中心地とも言えるアメ村から、少し距離をおいた梅田歩道橋で小さな円を作っていたあの頃と違い、MCも、それ以外のジャンルのクリエイターも、ヘッズも、友人も最早どこまでが身内かわからないくらいの数になっている。
何も派閥や集客のために身内を増やしたのではない。
幾多のイベントやDFBRや704での日々を過ごしているうちに、輪から派生していったコネクションは、それなり大きなものになりつつあり、疎外感や異端扱いされることも減っていった。
自分も一番最初から参加しているわけではないので、最古参のMCたちはもっとその変化を感じているだろう。

やがて終電が近づき、ポツリポツリと帰り始める者が出始めた頃、KZと俺は、ワインの回し飲みをする乱痴気騒ぎの輪から離れて、二人で公園のベンチに腰掛けていた。
DFBRに行くことが減ってから、久しぶりに二人で話す。
珍しくふざけず、真剣な話をしたように思う。
最近の仕事や家庭のこと。ただ、気がつくとヒップホップの話になっているのは、つくづくこの文化が、自分たちの生活の一部になっているのかを思い知らされる。
シーンやイベントの話をしているうち、少しずつ梅田サイファーの今後の話になっていった。

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前述した通り、梅田サイファーとは、自然発生的に集まっていった集団で、特に明確なメンバーの区切りや活動指針を設けているわけではない。
ただ、活動に意欲的な人間が企画を打ち出した際に、希望するMCたちが、音源やイベントに参加するというような形で、これまで続けてきた。
逆に言えばこの時、今後の話をしなくてはいけないほど、梅田サイファーは分岐点を迎えていたといえる。
規模の差はあれど、ライブや音源リリースなど精力的に活動を続ける人間がいる一方、家庭や仕事に重点を置き、音楽活動はほどほど、または全くしていないという人間も少なくなかった。
そういえば、今日の集まりも、いつものメンツであるが、久しぶりに会うやつもいっぱいおるなとこの時気づく。
そもそも「梅田サイファー 」という名を掲げていながら、最早、梅田歩道橋で昔のメンバーが、みんな集まることは滅多になくなっていた。

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「今の梅田サイファー 、ダメや思うんですよ」
「この先、何もせんままズルズル続いていくんやろうな」
「俺らの名前聞くだけで敬遠する層も少なからずいる」
「自分がこのまま何となくまとめてていいのか?」
「友達としてならともかく音楽を通じて一緒に遊べなくなる気がする」

KZの口から辛辣な言葉が続く。
笑いながら話してはいたが、葛藤が見え隠れしていたように見えた。
不思議と、怒りも悲しみの感情も浮かんでこなかった。あったのはこんなことを、彼に言わせてしまった無力感。
正直俺は、KZほど梅田サイファーを大事にしている男を知らない。
いつだって何かをしようと口火を切り、プロジェクトを進めてきたのは彼だったし、自分たちの持ってる共通認識は、彼の思想が多分に含まれていると思う。
ここ数年、着々とリリースとライブを増やしてきた彼だからこそ、今の梅田に言えることだった。

最後の方にこんな問いがあった。

「またアルバム作れる思います?」

答えに詰まった。
この頃、自分はというと、前の年に家庭を持ち、仕事もちょうど繁忙期に突入したこともあり、MCとしての活動は月2回くらいのイベント出演と、ボチボチとソロ音源を作るくらいになっており、またそのペースくらいが今の生活を維持できるギリギリのバランスだと思っていた。
軽い返事はできない。
安請け合いで計画が頓挫した時、動き出すにはまた長い時間がかかるだろうし、最悪の場合、このコミュニティが終わりを迎える可能性すらあるのだ。

「んー、、できるん、ちゃいますかね?」
歯切れ悪く答える。うまく笑えていたのか自信がない。
結局、その日は「華金にICE BAHNか真田人を呼びたい」みたいな恒例の展開で終わった。
終電を逃して帰り道、茫とした感覚が自分を支配していた。

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2章 生暖かい狭い世界

この出来事と、もう一つ自分の中で忘れられない夜があった。
多分、さっきの公園での話の2日後くらいだったと思う。
久しぶりに梅田でサイファーをやろうということになって、急遽日曜日の夜歩道橋に集まることになった。
予定時刻より少し遅れて到着すると、KZとふぁんくとコーラが来ていて、すでにサイファーが始まっていた。
やがてRやドイケンも合流。
正直、ワクワクが止まらなかった。
個人的に良いサイファーに必要なのは、輪の数や人数の多さではなく、濃さだと思っている。
あの日のメンツであの日のノリが返ってくると胸が高鳴った。
次々とトピックが切り替わり、やがて話題は最近見た漫画や映画の話に。
内容を話したい思いが先行し、ライムやリズム取りより、少しずつ喋りに近いフロウになっていき、井戸端会議のような緩いやり取りが続いていた中、ふぁんくが切り出した。

「何のフロウもライムもないただのおもんないお喋りするんが梅田サイファーか?違うやろ?どこよりもスキルフルで、どこよりもおもろいフリースタイルするんが梅田のラップや」
「仕事や家庭なんか言い訳にならへん。みんながついてこれんなら、俺は一人でもやる」
そんな趣旨のバースだった。

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普段見せるコミカルなスタイルの裏で、ふぁんくというMCは誰よりも気高く孤高とも言える独自の哲学を持っている男だ。
本人は否定するかもしれないが、俺の目にはこの日のバースはふぁんくの感情が迸っていたように見えた。
浮かんでいたライムが吹っ飛ぶくらい、只々かっこよく、只々悔しかった。
嫁との約束もあり、その後何バースが蹴った後、家路に着く。
電車に乗り込み、先程のふぁんくの鬼気迫るラップを思い出した。

自分の懶惰を恥じた。
どこかで環境を言い訳にして、自分の成長やこれ以上のキャリアを諦めていたのではないか。
誰よりもかましてやる、そんな気持ちで臨んでいた初志はどこにいった。
このまま、いつまでも緩く遊んでいけたらいいと思っていたのではないか。
動きを止めた表現者が何かを伝えることが出来るのか。


何かが吹っ切れたような気がした。
誰よりも笑っていたいならば、誰よりもアグレッシブに。
「昔のように」じゃない。
「あの日の続き」でもない。
「あの時、夢見たステージのもっと先」にまで行ってみたい。そう思った。
帰り道、ちょうどヘッドフォンからMOROHAの「革命」が流れてきた。年齢なんか関係ない。もう一度やってやる。自分の中で決意が固まったのは多分この時だったと思う。

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後日、今後についてのミーティングが持たれた。
確か戦極の後、サイゼリヤで集まって決めたと思う。
「次アルバム作るなら、良いラップをするのももちろんやけど、トラックもクオリティ高いもの揃えて、活動もプロモーションもちゃんとやって自分たちを知らない層にも届けられる納得いくものを作りたい。それが今の梅田サイファーに出来るか。もし、仮にKZがやらない時、誰かがそれをやれるか」
話し合いの後、意欲を見せたガガがまとめ役となることになるのだか、結果的にはこの体制はすぐに暗礁に乗り上げ、一時は何故かガガの車を壊すという謎の展開になりかけるのだが、それはまた後日。

とにもかくにも、動きを止めていた梅田サイファーは、こうして三枚目のアルバムの製作へと向かって動き始めていくのであった。
「かつての常勝軍団」「多くのフリースタイラーを生んだ伝説のサイファー 」過去の話はもういい。
10年を迎えたサイファーがここから何ができるか。
PVを公開した新曲「決意」は、そこに至るまでの我々の心境を吐露した作品である。

 

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